PM02:57
時計を見て俺はしまったと思っていた。
寝すぎたあまり、昼飯を食い損ねただけだが……。
婆ちゃんはもう出掛けていて、食卓には置手紙が一つ。
――あまりにも気持ちよさそうに寝ていたので、起こしませんでした。
お昼は自分で作ってください。
追伸 貴方が夜遊びをするようになって私はショックです。――
「婆ちゃん怒ってる……。まぁ、いっか」
俺はその置手紙をくしゃくしゃと握りつぶしてゴミ箱に投げ捨てた。
今は多分ドルガモン寝てるから適当にこっちで何かしてないといけないか。
6時まで暇だな、という事で宿題をやっている俺がいた。
今更だが、俺って友達いねぇんだなぁ……。
宿題も終わってしまった……。
というよりも、元からやってあった……。
そんな事実を改めて突きつけられるとどこか虚しいもので……。
予習をしていようかとも思ったが、その実もう教科書の8割以上は終わってしまっているという。
残りの2割はまだ夏休みの分として残しておかないと退屈すぎるし……。
なんだろう、この虚しさの連続は……。
財布を取り出して中身を確認する。
月1000円のお小遣いだが、3万4000円あったりするという事実……。
小学生の時は月500円だったのになぁ……。
小4年からで。
ちなみにお年玉をくれるような親戚はいない。
全て小遣いだけで3万4000円だ。
小4からの出費計算式 500×12×3+1000×(12+4)−34000=0
部屋にあるもの 机、教科書、椅子、ベッド、箪笥と洋服。
全部婆ちゃんが揃えてくれたものだ。
「娯楽何にもなかったんだな、俺って……」
仕方なく教科書の残り2割以下の予習を終わらせてしまった。
それなのに、まだ5時前だった時、実際に終わっていた予習は99%だったと気づく。
教科書の最後が回答や単語集、索引だったという事を忘れていた……。
これは想像以上にやる事がないぞ?
ワークも当然の如く終わってしまっていたし―その時にもう99%の終了に気づくべきだった―……。
その他に落書きをするとか、小説書くとかいう事をする奴でもないわけだ、俺は。
そして、一人じゃ会話する相手もいないわけで……。
「結局、独り言に頼るって……」
なんというイタイ子。
さて、この時間何をする……?
戦闘シミュレーション……何かそれはそれで嫌だな。
戦闘の事しか考えてないみたいで……。
Dモバイルの使い方でも見とくか……。
Dモバイルをいじりだしてみる。
どこの恋する乙女だよ、俺……。
違うからね! 違うんだからね!?
と、誰に言うつもりでもない台詞が頭をよぎる。
そんな事をしていても自然時は過ぎていくものだ。
PM06:30 俺はDモバイルの使い方を熟知した上でゲートを開いた。
明日から何すればいいんだろう……。
そんな事を思いながら。
デジタルワールドに着いたら出た先はやはり山の中腹だが、ドルガモンは横穴で寝ていた。
案外朝遅いもんなんだな、とか思いながら起きるのを静かに待とうと座り込んだ。
「カナメ、来たのだな」
「チンロンモン……」
「ドルガモンが起きる前に一つ伝えておこう」
あぁ、多分スーツェーモンと同じような試練云々か……。
シェンウーモンの時はなかったんだけどな、多分チンロンモンも何か条件つけるんだろ。
そう予想して俺は静かにチンロンモンの言葉を待っていた。
「我に完全体を示せ」
「へ?」
「何、ドルガモンを見事完全体へと進化させよ、というだけだ。簡単だろう」
言うのはそりゃ簡単でしょうけど、いや、あの、俺……。
進化のシステムとか知らないんですけど……。
でも、進化か……。
完全体……。
けど、完全体ならなんとかすれば多分倒せるぐらいの実力あると思うんだけどなぁ……。
と、気づいたらチンロンモンは姿を消していた。
何だったんだろうな、今の会話って……。
「おはよぉ、カナメ」
目をごしごしと擦りながらまだ眠そうにドルガモンが起きて来た。
デジモンて本当、凄く人間臭いんだなぁ……。
そう思いつつ、こっちの生活が何だか楽しくなっていた。
こんな風にドルガモンとずっと一緒にいられればいいのになぁ……。
なんて事を思ったりしながら俺達は草原のところまで降りていた。
「なぁ、ドルガモン……」
「何、カナメ?」
「俺達ってずっと一緒にいられるかなぁ……」
「……。熱でもあるの?」
そんな事を言われて顔が凄く熱いです。
本当、全くもってこんな台詞言うキャラじゃないもんな、俺ってば……。
やぁ、もぉ恥かしい……。
けれど、その時俺は気づくべきだったのかもしれない。
少し俯いているドルガモンの事を。
そして、その行動の意味を……。
「お前らがこの世界を旅してる破壊者AとBか?」
「何ですか、その呼び方……」
「え?」
後ろを振り向けばそこには二体のデジモンがいた。
白い竜騎士と桃色の派手な騎士のデジモンが……。
俺はすぐさま間合いを取って構える。
こいつらは何だかデュークモンとは全く異質だ。
殺気というか、なんというか……。
そういった禍々しいものが表に隠さず現れている。
「ロイヤルナイツ……。デュナスモンとロードナイトモン……!」
「知り合いか、ドルガモン……」
「うぅん、実際に見るのは初めてだよ」
さり気なくDモバイルを取り出してドルガモンにメールで会話を始める。
先ほど思いついた使い方だ。
こうすれば敵にこっちの行動が筒抜けなんて事はなくなる。
それに指だけで会話が出来る。
こっちが読むには視界の端で文字を捉えないといけないが……。
――あいつらの性格とか能力とか分かるか……?
――デュナスモンは力任せだけど、昨日見たあの白い光の竜の力見たよね? アレ多分こいつだよ
――ロードナイトモンはナルシストで軍を扱わせると本当ダメダメだね。でも、速度だけは速いよ。
あぁ、多分昨日のナイトモンの大軍はロードナイトモンが手綱を引いてたのか、と呆れた。
どっちがどっちとは特徴を添えて貰えなかったからよくは分からないが。
今の情報を考えれば白い竜騎士がデュナスモンで桃色の騎士がロードナイトモンだろう。
力と速度か……。
いったいどの程度の……。
「人間君、君にいい事を教えてあげましょうか?」
へ?
目の前からロードナイトモンが消えたかと思ったら耳元から声がしていた。
少し目を離してた隙に移動したっていうのか……?
「我々ロイヤルナイツは皆究極体かそれに見合う能力を全員持っているんですよ」
「おいおい、ロードナイトモンその説明は違うだろう」
「おっと、そうでしたね。実際には、究極体以上の究極体、ですね」
何だよ究極体って……。
んなもんDモバイルから解説に出た事……。
そういえば、今までにDモバイルが解説出さなかった奴らがいる……。
ジジモン・シェンウーモン・スーツェーモン・チンロンモン・デュークモン……。
まさか、あれら全部究極体……?
そして、Dモバイルが究極体のデータを解説できなかったとすれば……。
「成熟期でありながら完全体の大軍と張り合うとはよくやってくれたもの」
「しかし、完全体と究極体では次元が違うのですよ」
「お前の作戦など何のアドヴァンテージにもならぬぐらいにな」
「へっ、そりゃどうも……。ご丁寧な忠告ありがとよ!」
メールでドルガモンに指示を出して、タイミングを合わせ左右に分かれる。
ありがたいことにドルガモンは鉄球で一瞬ロードナイトモンの注意をひいてくれた。
だが、ロードナイトモンはそんなものに気も向けず、ただ大きく溜息を吐いていた。
「ドルガモン、そっちのピンクの奴やってやれ!」
と言いつつメールでの指示はデュナスモンへの攻撃。
ケンタルモン・ユニモン戦での作戦の応用だ。
だが、そんなものデュナスモンは気にも留めず、目を閉じていた。
鉄球が直撃する、がデュナスモンは全く痛くないようすだった。
「おい、ロードナイトモン」
「はいはい、おやすみなさい」
あろうことかデュナスモンは戦闘中だというのに寝てしまった。
鼾までかくという、熟睡っぷりに俺は内心恐怖を覚えた。
こいつらは俺達を全く相手とすら思ってない……。
つまりはそういう事だろう。
チンロンモンが言ってた完全体の力とはこの為なのか?!
「カナメ、ここは退こう!」
「あ、あぁ……」
そんな恐怖も今は置いておくしかなかった。
怖かろうと今は……。
逃げる……。それは過去の俺がしようとして結局は追いつかれてしまった行為。
今、思い出すな……!
アレ、そういえば俺、あの時トラックからどうやって助かっ……。
あぁ、だから、今は思い出すな!
「鬼ごっこ、ですか。この私から逃げられると思うのですか?」
案の定追いつかれては斬りかかられるため、それをなんとか避けるだけだった。
くそ、ここじゃ見晴らしが良すぎる……。
そう思って俺達は少しずつ山の方へと向かっていった。
岩に隠れながらなんとか撒けないか、そう思って。
「ほらほら、いつまで逃げてるんですか?」
「安心しろよ、罠のとこまで案内してやっからよ!」
ハッタリだった。
罠なんて何にも考えてない。
まして、こんな奴に効きそうな罠すら思いつけやしない。
俺は罠とかの類は得意じゃないんだよ!
って、あぁ、もう俺は集中をよく切らす傾向にあるらしいな……。
けど、山に入ったぞ……。
「ふん、ここなら罠張るには困らなさそうですね」
「だろ?」
「パワーメタル!」
ドルガモンが前方の岩を鉄球で撃つ。
と、岩が砕けてこっちに飛び散ってくる。
俺はドルガモンに横へと一緒に転がされていった。
ドルガモンが咄嗟の判断でやったらしい。
ロードナイトモンは岩に一瞬気を取られていたが、すぐに全てを粉砕した。
が、既に俺達は岩の陰に隠れながら移動していた。
チンロンモンを頼るつもりはないが、あの横穴になら……。
「ふん、隠れても無駄ですよ」
そう言ってロードナイトモンはそこら中の岩を破壊し始めた。
どうやらあいつの武器は背中の帯状のものと右手の盾のようなもの。
それにあのスピードか……。
厄介だなぁ……。
と、その時、草原の方で光が見えた。
白い光……。
それが空へと昇り竜の形を成す。
やばい……!
そう思って俺は咄嗟にDモバイルを取り出し、ゲートを目の前に出現させる。
ドルガモンは光の竜に気を取られていて気づかなかったらしく、俺はドルガモンをゲートに押し込む。
その後に俺が続いていく。
本当に咄嗟の事だった。
俺達のいなくなったその山はしかし、全くの無傷だった。
そして、光の竜の前には一人青い竜騎士がいた。
「あぁ、もうあの子達逃げてたか……」
「貴様、何者だ……!?」
「僕? 君達に興味ないからいいや、帰れば?」
「貴方に興味がなくとも我々が興味あるのですよ!」
ロードナイトモンは瞬間、その竜騎士に斬りかかっていた。
が、斬りつけた瞬間には既に目の前にその存在はなく。
代わりにロードナイトモンの後ろに竜騎士は立っていた。
「へぇ、結構速いね、お前。僕ほどじゃないけど」
ニコッと竜騎士は笑ってみせるとお返しとばかりに踵落としを決めていた。
その様子を見ながらもデュナスモンは先ほどよりも大きな光の竜となって上昇した。
寝起きの癖で撃つものとは威力が比べ物にならないものだろう。
だが、その巨大な光の竜に負けず劣らずの竜騎士がもう一人現れ槍とも銃ともとれるものを構える。
「ペンドラゴンズグローリー……!」
レーザーと竜とが激突すると、全てのエネルギーが弾けて消えた。
と思えばその竜騎士までもが遥か空へと消えていっていた。
それを見ながら青い竜騎士は「ほんと、シャイなんだからなぁ……」などと呟いた。
しかし、彼らのこの行動はデュナスモン達を撤退させるに十分だった。
「ほぅ、来たのかアルフォースブイドラモン」
「えぇ、来ましたよ、チンロンモン」
「エグザモンは相変わらず宇宙からお前を見守ってるのか……」
「ははは、本当シャイなんだからねぇ」
明るく笑うアルフォースブイドラモンに溜息を吐きながらチンロンモンは心配していた。
要とドルガモンの行く末を。
なのだが、アルフォースブイドラモンは楽しそうにそこら辺を飛び回っていた。
とはいえ、久しぶりに来た自分の育った山なのだから仕方ないか、とチンロンモンは思っていた。
ここは……
気がついた時俺はあの山にいた。
俺がデジタルワールドへ行った初めての時流星を見ていた山に。
「!……ドルガモンは?!」
「ここだよ、カナメぇ」
「え……」
ドドモン 幼年期 Da種
退化……したのか?
俺が無理やりこっちに連れてきたから……
そう思うとなんだか悲しくなった。
けど、生きていただけでも、そう思う。
「少し、休もうか……」
「うん……」
俺は静かに家の中に入ると静かに自分の部屋に入った。
俺達はすぐに寝付いていた。
なんだか凄く疲れていたんだ。
いったい、どうすれば……。
キキィィィィィィッ――!!
けたたましいブレーキ音が耳に響く。
車のフロントライトが目に飛び込んできた。
眩しさに一瞬目を閉じかける自分。
そして、眼前に一瞬影が飛び込んだかと思うと俺を突き飛ばし車と距離が開く。
背中に衝撃がはしり、激痛が包み込んだ。
その影が消える瞬間、光の粒子と妙に目立つ赤いクリスタルが目に入った。
バッと起き上がると空が薄明るくなっていた。
今のは……夢?
「ん……カナメ?」
「あぁ、どど…いや、もう進化したんだな、ドルモン」
「元々成熟期だったのが幼年期に退化したんだからね、体力の回復も早いよ」
ふぅんと相槌をうちながら、俺はドルモンの額の赤い水晶体に妙に気を取られた。
夢に出てきたのと形が同じ……。
けど、シルエットは全く違う……。
人型……だった気がする。
「ドルモン……」
「何?」
「あ、いや、なんでもない……」
変だよな、5年前の事なのに、ドルモンがいるはずないよな……。
けど、なんとなく気になってしまった。
気になってしまった為に、俺は命日はまだだというのに、事故現場へ歩いていっていた。
遠かったが、ドルモンも一緒に連れて行きたかったので歩いていった。
勿論、見た目が分からないようにフードやらで隠してはいるが。
到着したのは夕方だった。
「カナメ、ここは……?」
「俺の両親が死んだ場所……」
それ以降ドルモンは何も言わなかった。
いや、多分気を遣って言えなかったのだろう。
優しいんだな、と思いながら俺はドルモンを微笑ましく見ていた。
思えば、アレから俺は一人だったのかもしれない。
婆ちゃんともあんまり親しくはないし、一緒の家にいるだけというだけ。
けど、今はドルモンがいるから、一人じゃない……。
「ドルモン、もう一箇所いいか?」
「え、うん」
あんまり暗くならない内にね、と言われたが夜でないと意味はない。
無論、婆ちゃんには遅くなると電話しておいた。
夜遊びじゃないんだから。
まぁ、その目的地に着いた時にはもう0時を回っていたが。
けど、どうしても言いたい事があった。
その為にまた山に来たんだから。
「なぁ、ドルモン」
「ん?」
「ここなんだよ、俺が初めてデジタルワールドに行った場所」
「へぇ〜」
案外反応薄いな……。
まぁ、いいや。
反応を見るつもりで話してるんじゃないしな。
「けど、俺はデジタルワールドに行ったから変われた気がする」
「……後悔してる?」
「いや、むしろ、感謝してるよ。お前と出会えた事にな」
なんてちょっとくさいかな……。
照れくさくなってまた星を眺めた。
今日は流星は見つからなかった。
けど、願い事はもうないな。
「……カナメ」
「ん?」
「今のこの状況、どう思ってる?」
「あぁ、そりゃ決まってる……」
ドルモンと出会えて、俺は一人じゃなくなった。
それだけで俺にはもう十分だよ……。
そう言いたかったが、少しむず痒かった。
だが、その気持ちはドルモンの体に現れたらしい。
「進化……?」
「答えはそれで決まりだな」
グレイドモン 完全体 Va種 必殺技クロスブレード 戦士型
今までの獣型とは違う騎士のような姿。
そして何よりもDa種からVa種になっている。
その身から溢れる気迫のようなものは今までを遥かに凌駕していた。
これがドルモンの完全体……。
「その力で倒してやろうか、あいつらを」
「オッケー」
きっと次は勝てるよな。
そう思いながら俺はグレイドモンと星を見続けた。
星堕ちる迄 第五話 終