「イーヴィルリングが破壊されたか……」
暗い空間でヒゲを蓄えた老人のようなデジモンが言う。
恐らくバイフーモンにつけられていた黒い輪の事だろう。
そして、それが今このヒゲの老人の手にはいくつも握られている……。
ジャグリングのようにしてそれをポンポンと投げているとその一つが突然消えた。
「さて、こうなっては実用性が足りんと考えざるを得んわい。影の作成にあたるかの」
そう言ってその老人のデジモンは消えてしまった。
白い機械のようなものだけがその空間に存在していた。
「君の名前は?」
「え?」
「君の名前だよ、教えてくれないかな?」
「かなめ……」
「そうか、良い名前だ。私はアル――」
暗闇の中そんな会話が聞こえてきた。
目の前にあるのはきっとあの日の事故現場……。
俺はこの声の主を知っている。
けれど、思い出せない……。
何が……。
「カナメ、起きて。カナメ」
「う、うぅん……グレイドモン?」
目を開けると目の前には心配そうにこちらを見るグレイドモンの姿があった。
そうか、俺あの時突然頭が痛くなって、意識が飛んだんだったっけ……。
アレ、あの時何を見たんだっけ……?
グレイドモンが俺を助けるために押し飛ばし……。
「カナメ?!」
フラついた俺の体をグレイドモンが支えてくれた。
何かまだ疲れてるのかな……。
もう夜だし、今日はここで野宿かなぁ。
まぁ、まだ暫く人間界に戻るわけに行かないし、いいか。
「君が、カナメ君…?」
突然ビクビクした声が掛かってきた。
上を見上げるとバイフーモンがこちらを覗きこんでいた。
仮面のせいで表情が読めないが凄く怖がっている?
「あぁ、一応初めましてなのかな」
「あの、その、ごめんね、ずっと意識なくて……」
何だかこのバイフーモンというデジモン今までの四聖獣と違って威厳というものがないな。
でもこういうのも有かなぁ。
というか、大人しい性格じゃなくて臆病な性格じゃないか……?
「前と変わらないねぇ、バイフーモン」
「え? 僕6年前に転生果たしたばかりだから、会ってるデジモンなんて……あ」
「あれ、でも、前に会ったことあるよね?」
「ううん、今の僕が会ってるのはたった一人アル……アル……あれ?」
名前を忘れたらしいな。
けど、俺の知ってるアルで始まるデジモンってさ。
ゴゥッと突如吹き荒ぶ風。
空を裂きながら影が視界に飛び込んだ。
そうそう、あんな感じに凄く速いんだよな。
“アル”フォースブイドラモン。
というか、多分本人か。
「チンロンモンに聞いたのかと思うけど、もうこっちは解決したぜ」
「…………。」
「待って、カナメ、なんか様子が変……」
紅い閃光の剣を目の前の存在が取り出す。
それに伴いグレイドモンも構える。
が……。
「後ろだ!」
「へ?」
直後前方へ吹っ飛ぶグレイドモン。
先の戦闘のダメージがまだ残っているのか立ち上がれそうもなかった。
スレイプモンもまだ金剛から戻ったダメージか動けないし……。
「金剛――!!!」
と思ったが、バイフーモンが波動を放つ。
見た目的には直撃だった。
衝撃に目を閉じていた俺だったが、少し開いて見ても波動の中にそれはいた。
よし、そう思った時だった。
目の前のそれが飛び上がりバイフーモンの背中を上から蹴飛ばした。
上からの衝撃に倒れこむバイフーモン。
真剣にまずいな……。
そう思いながらこちらに向かってくるそれに気づいた。
やばい……!
鋭い光が目の前に広がる。
よくよく見れば目の前で紅い閃光と緑の閃光がぶつかっている。
「やぁ、また会ったね」
「アルフォースブイドラモン……が二人!?」
そう、そこにいたのは黒と蒼のアルフォースブイドラモン。
これはどういう事だ?
と考え込む余裕はなかった。
お互いに距離を取る二体。
その直後にぶつかる。
お互いの得物がお互いの中点でぶつかり合う。
正確に測ったかのような具合に対象だ。
「こいつ、僕と同じ動きをしてくるんだよね……」
天界帰ってすぐにこいつに奇襲されたんだと付け加えながら間合いを取る。
同じ動き……。
けど、先ほど俺の目の前で起こったように横と縦のぶつかり合いもあるのだから、全くではない。
となると、戦い方が極度に似ている……?
つまり、同じ癖を持っているのだろう。
「暫く見たいものがあるから、自分の思うように戦って」
「はは、君の力を借りなくても勝ってあげる、よ!」
空中で一閃、そして、ぶつかり合う閃光。
互いに互いの右脇腹へ向けた一閃を右腕の剣で防ぐ。
動きに違いが見つからない。
……けど、そこが逆に狙い目じゃないかとも思う。
「シャイニングVフォース!!」
互いに胸の飾りから光の波動を放つ。
が、全くの互角なのか互いに空中で打ち消しあう。
そして、その後はまさに電光石火の戦いだった。
右で火花が上がったかと思ったら左で火花があがる。
更にその直後には上で下でと縦横無尽とはこの事だな。
「カナメ、見えてるの……?」
「え、あ、うん。なんか見えてる」
「僕にも見えないのに人間て凄いんですね」
などと言われるが、正直この戦いの速度に腕の動きとかは追いつかないだろうなぁ、と思う。
殆ど瞬間移動に近いんだもんなぁ……。
けど、アルフォースブイドラモンの戦い方の基礎部分みたいなのは見えてきた。
ぶつかった衝撃を受けずに受け流しながら移動してるんだ……。
波に逆らわずに流される中で正確に相手の急所を狙う。
そんな戦い方だろう。
そして、洞察力にも自信があるのか回避はせずに受け流してのカウンター。
「全く、僕と同じ動きするなんて嫌な相手だなぁ……」
「まぁ、もうちょっとだ。もうちょっと見れば多分攻略できる」
「いいね、君。希望に満ち溢れてる感じが好きだなぁ」
そう言ってからのアルフォースブイドラモンは更なる加速を持っていた。
これは逆にやばい気がするんだが……。
一瞬、前方50mぐらいのところで火花と激しい激突音が無数に響く。
たった一瞬の間に何発いれてるんだよ、こいつら……。
「今何回攻撃と防御あったの……?」
「50回以上……?」
そんなもんが次の瞬間には100回以上というぶつかりへと進化していた。
こいつらの本気、ごめん、俺この勝負見てるだけしか出来ない気がする……。
でも、まだなんとか見える。
数数える余裕というか、頭の回転速度ないけどな!
上空でのぶつかり合いは逆にもう瞬間移動だし。
どうしよう、指示追いつかない。
というか、もう音速超えてるよね、こいつら……。
と来れば俺がしなきゃいけないのは……。
動きの予測?
無理だろ
「まだ大丈夫だよ。僕の体力は心がもつ限り無限大だからね」
「とにかく凄いって事だけ分かった」
ベコッとアルフォースブイドラモンが蹴った地面が大きく凹む。
どんな力で加速してるんだよ……。
というか、この力絶対バイフーモン越えてるよね?
ロイヤルナイツって四聖獣よりかはあれなんじゃなかったっけ?
「あぁ、アルフォースブイドラモンは古代種の究極体だから、本気なら究極体の力超えてるよ?」
「何で思考がばれるんだよ、俺……」
「ちなみに、古代種っていうのは感情の起伏による能力の上限が激しい種族だよ」
「ご丁寧にどうも」
グレイドモンの解説かぁ……。
そういえば最近Dモバイル仕事しないな。
まぁ、指示出すのには十分使えるしいいか。
というか、さり気なく最近究極体ばっか相手にしてるんだな……。
さて、けど……。
こいつら動き読めない、というか。
読めてもほぼ同時にそこいるから意味ない!
あぁ、これはもうアレか……。
俺に出来る事ない……?
だって、こいつら同じ動きするけど凄い速いんだもんな……。
力も速度も動きも同じじゃなぁ……。
あ、あと武器も同じ……あ。
――武器をしまって拳で戦え
「真面目に作戦立てたの?!」
作戦を送ったら目の前に飛んできてアルフォースブイドラモンが講義してきた。
それに笑みを作って返す。
「剣の弱点は自分の懐に弱い所なんだ。それに大きく振る必要がある分拳より遅れる」
「理に適ってるけど……ん?」
作戦を口で伝えながら俺は更なる指示を送っていた。
アルフォースブイドラモンがこちらを見ながら笑ってみせた。
「君って本当面白い子だね」
「そう?」
「いいよ、その作戦乗ってあげるよ」
と言うと同時にバイフーモンが再び倒れこむ。
今まで足止め的な事をしてくれていたらしい。
グレイドモンはさすがにもう動けないのか剣を杖にしているぐらいだし、文句も言えない。
けど、バイフーモンのおかげでいい感じに時間が出来たな。
「あ、もう大丈夫なのかな?」
「あぁ、ありがとな、バイフーモン」
「あとは僕らの戦いだよ」
「任せるぜ、アルフォースブイドラモン」
その直後は今までとは少し違っていた。
迫る剣を腕を取りながら防ぎながらそのままその腕を軸に後ろに回りこみ殴る。
が、それを紙一重で避けられる。
更にその回避の体勢を崩すべく掴んでいた腕を引っ張り殴り飛ばす。
何だ、結構殴りでも戦えるんだな、アルフォースブイドラモンて。
「カナメ、拳じゃ致命打とまではいかないよ?」
「あぁ、大丈夫だよ。そこもちゃんと考えてあるから」
そう言いながら戦局を眺める。
裏拳の要領で迫る剣を接近する事で回避と妨害しながら顎へと一撃くれてやる。
そのまま少し浮き上がった体へとジャブ。
威力は出ないと思ったのに結構な距離吹き飛ばす。
アルフォースブイドラモンって、近距離攻撃中心だけど、凄い強いんだな……。
相手がシャイニングVフォースの構えに入る。
それに憶さず最大加速で突っ込む。
V字の光が空を照らす。
「あぁ、さっき金剛防いだのってあの盾か」
そんな事を呟きながら光の中を突き進むアルフォースブイドラモンを見ていた。
盾は崩れては直りを繰り返しながら消える事はない。
そのままシャイニングVフォースを突破すると盾のままタックルが決まった。
こうも圧倒的だとはなぁ……。
実は拳の方が強かったりして。
なんて事を考えていたら向こうも剣をしまった。
思わず口端が緩む。
「来たな、勝負の時だ」
「え?」
お互いに最大の加速で向かっていく。
右腕を振りかぶる、そこは同じだった。
が、衝突の一瞬。
刹那の中で黒いアルフォースブイドラモンの体から黒いものが飛び散る。
「最後はやっぱ拳じゃなくて剣だよね」
俺の真横に降りながらアルフォースブイドラモンが俺に言う。
そう、俺の作戦はこちらが先に拳で戦う事で相手に拳の利点を分からせる。
その上で相手が拳を使い出した瞬間、それを好機と見て剣で攻撃する。
剣の利点は一撃で決められる威力とその射程なのだ。
とはいえ、最後は空中で弾丸のように回転して斬りつけていたが。
「けど、凄いね。おかげで勝てちゃったよ」
「いや、俺も拳があんなに強いとは予想外だったよ」
「これでも一応聖騎士だから極力剣で戦いたいけど、元々は拳での殴りあいが主流だったからね」
体裁を気にして封印してた拳の戦いだったわけか。
まぁ、封印してたというよりかは見られないようにしてたんだと思うが。
だって、全く使ってなかったら少しぐらいなまるもんだろう……。
「あ、でも今でもメルクリモンとは喧嘩で拳使うか」
「メルクリモン?」
「僕の友達だよ。けどよくどっちが速いかで喧嘩しちゃうんだよね」
……なんという小さい動機。
そう思いながらもアルフォースブイドラモンと喧嘩できる同速程度の相手を想像してみた……。
うん、無理だ、俺には想像力というものがないらしい。
「そうだ、大丈夫か? グレイドモン」
「なんとか……」
ついには剣を杖にする力すらもなくなったかグレイドモンは草原に座り込んでいた。
そりゃぁ完全体なのにバイフーモンとやりあったんだもんな……。
あれ、そういえばグレイドモンってどうやってバイフーモン止めたんだ…?
まぁ、いいか……。
「僕が見張っておくから皆休んでおくといいよ」
「あぁ、ありがとなバイフーモン」
そう聞いて真っ先に寝息を立てたのはアルフォースブイドラモンだった。
その様に呆然としながら俺はなんとなく寝ているグレイドモンの方を見た。
思えば完全体でここまでの力を持つグレイドモンなのだから、進化すれば……。
「カナメ君」
「ん?」
「進化はね、焦ってはいけないよ。必要な時が来れば必ず進化するから」
そんな事を言われて俺はなんとなく自嘲気味に笑うしかなかった。
なんでこうも俺って読まれやすいんだろうな……。
そう思いながらも俺はただ空を見上げていた。
星が空満面に輝いている。
とはいえ、流れ星は見えなかった。
「なぁ、バイフーモン」
「なんだい?」
「5年前の事って何か分かる事あるか?」
暫くバイフーモンは黙り込んでいた。
考えこむように。
6年前に転生したというなら、まだ1年目の事だからやはり覚えていないのかな?
「5年前はね、人間界でいう戦争が行われていたんだよ」
「戦争……」
「それで、僕の所にはその戦争を止めるためと、一人のデジモンが来たんだ」
「アルなんとかって奴か……」
「うん、でもね、少し変わってるデジモンで人間の力を借りようってずっと言ってたんだ」
相槌を打ちながら俺はなんとなく気がかりだった。
もしそのデジモンが生きているなら俺を見たらどういう反応をするんだろうな……。
いや、それとももしかして以前にも俺みたいな人間が来た事あったのか?
「けどね」
「え、まだ続きが……?」
「結局人間に助力を求める事は認められず、彼は孤独に身を委ねてしまったんだ」
言葉が出なかった。
バイフーモンが紡ぐその言葉に何か静かに聞かなければならないという空気を感じた。
いや、これはきっと聞かなくちゃいけない事なんだ……。
頭ではなく心で理解した。
「その最期は凄惨なものだったよ。聞くかい?」
「あぁ、聞かないと多分後悔する……」
「そう、なら話すね……。結果として、戦争はその一人のデジモンの手によって終わったんだ」
一人で……?
そんな簡単に終わるような戦争だったのか?
それに何故そんな力を持つデジモンが人間の力を必要としたのか……。
「戦争をしていた全てのデジモンを消滅させて……」
再び言葉を失った。
いや、出す言葉が見つからなかった。
デジモンが死ぬってどんななのか……。
谷間の村でも凍らせるだけで殺してはいない……。
そんな俺にはデジモンの死というものが分からなかった。
いや、頭の中で何かが引っ掛かった。
「一時期デジタルワールドのデジモンが1分の4にまで減るほどの事態だからね……」
やはり、凄まじかった……。
けど、やった本人は最後に凄い虚しさを感じるだろう。
そう思った時、なんだか胸が痛くなった。
「さて、この話はお終い。出発は明日でも先にデジコアを渡しておくね」
そう言うと黄色い珠がこちらに向かってきた。
そういえば、このためにここに来たんだっけ……。
しかし、今回はゲートは開かず珠がDモバイルに入るだけだった。
「それにしてもジジモンって人も面白いもの作ったもんだなぁ」
「え? これってジジモンが作ったもんなの!?」
「え、うん、そうだよ?」
あの顔中ヒゲだらけなのにこんなもん作れるとか何者だよ……。
人は見掛けによらないものだが、デジモンもか……。
などと関心しながらも苦笑もしていた。
まぁ、でも、これのおかげで俺は今ここにいる。
それだけは感謝すべきなのかな。
「さて、カナメ君も疲れてるでしょ? 寝た方がいいよ」
「あぁ、そうだな。とうとう最後の戦いだもんな……」
「そうだね、天界に行くための最後の一人がいるんだもんね」
「へ?」
「あれ? 知らないの? 央の山にいる黄龍にも会わないといけないんだよ?」
聞いてない……。
てっきりもう天界かと思ってたのに。
まぁ、いいか。
まだ時間はあるんだもんな。
と来れば体力回復させないと。
それから間もなく俺達は眠りについた。
星堕ちる迄 第八話 終