央の山……。
いったいどんな所なんだろう。
そんな事を思いながら朝の一時を過ごしていた。
バイフーモンが言うにはそこに行くには少し準備が必要で時間がかかるという。
それだけでも特別な場所だというのは分かる。
「けどさ、グレイドモン……」
「ん?」
「アルフォースブイドラモン寝すぎじゃない……?」
俺達の横には未だに幸せそうな寝顔で寝ているアルフォースブイドラモンの姿があった。
よほど疲れていたのか、それとも、元からこういう性格なのか……。
どっちにせよ、あまりにも無防備すぎだろ…!
仮にも究極体で、その中でも凄く強いのに何ですかこの有様は!
「あぁ、仕方ないよ。究極体の古代種は不死と言われてるけど戦闘の反動でかいからね」
などと言うグレイドモンもどこか疲れているようだった。
けど、アルフォースブイドラモンは強い分休息が必要なんだな……。
……でも不死ってある意味一番強いんじゃないか?
いや多分違うか……。
「カナメ……」
「ん?」
「少し散歩しない?」
そう言われて俺達は今散歩をしている。
しかし、会話も何もない。
多分、何か二人で話したい事があったんだと思うのだが……。
まぁ、話すにしても時間が必要か。
言葉選びとか心の準備とかあるし。
そう思ったら俺もしっかりと聞く体勢になれるまでに時間を要した。
「あの、さ……」
「ん?」
突然と口を開かれた。
どうやら本題に入るのか?
まぁ、でも、言い難そうなのは相変わらずか。
俺は静かに話しに耳を傾ける。
「これから先もオイラと一緒にいてくれる?」
何だか言い方が凄く不安そうに聞こえた。
けど、俺は緊張感とは違ったそんな質問に笑いかけるのをこらえる。
何かと思えば結構可愛らしい、とかそんな事を考えてしまう。
「当たり前だろ、俺だってこっちの生活は気に入ってるんだからさ」
「……。もし、オイラが世界を破壊するとしても…?」
「お前が世界を破壊するわけないだろ」
今日はどうしたんだ? と逆に質問を投げかけるがグレイドモンは俯くだけだった。
そんな様子に少し眉を傾げながらまた静かに散歩を続ける。
世界の破滅……。
そんなもの考えたこともないなぁ。
けど、そんな事ができる力を持ってたとしたら、俺ならどうする……?
考えても分かるもんじゃないか。
「なぁ、グレイドモン」
話しかけるがグレイドモンはこちらに顔を向けるだけで何も言わない。
これは相当疲れてるか、悩んでるかだな。
そんな事を頭で判断しつつ言葉を続ける。
「俺はグレイドモンの事好きだよ?」
何を突然、といった風に首を傾げている。
まぁ、そりゃそうだよな。
などと少し自嘲気味に笑ってみせる。
けど……
「だから、世界を破滅するような力を持ってても俺はグレイドモンに世界を破滅させて欲しくない」
要はこういう事。
ちょっと恥かしかったかな。
と、俺は少しグレイドモンと逆の方向を見る。
それでも、グレイドモンが少し驚いているのが分かった。
なんというか、雰囲気で?
「うん、ありがとカナメ」
そう言ってまた静かに散歩が続く。
しかし、今はもう先ほどのような重苦しい空気はなかった。
代わりに……。
「なぁ、グレイドモン」
「何?」
俺から口を開いてみる。
まぁ、何を言おうとか考えたんじゃない。
けど、なんか話したくなった。
「俺の両親が死んでるのってもう話したよな」
「え、うん」
「アレさ、交通事故だったんだよ」
今でも目に浮かんで離れないのはやはりあのトラック。
タイヤがパンクしてコントロールを失ったトラックが猛スピードで向かってくる。
両親は気づかず俺だけがその異変に気づいていた。
気づいたからといって逃げる事も出来なかったわけだが。
「あの時、多分誰かに助けられたんだよな」
「そうなんだ……」
「うん。なんだかよく覚えてないけどそいつのおかげで俺は生きてるんだよな」
「その人はどうなったの?」
「覚えてない。あの時、なんか生き残って両親が血まみれで倒れてる姿とかしか覚えてないんだ」
少し相槌を打つように頷くとグレイドモンは視線を逸らしていた。
まぁ、こんな話されてもピンと来ないよな。
俺だってなんで話してるんだか分からないし。
「なら、もしその人が生きてたらどうする?」
「う〜ん、礼でも言うかな」
普通な返事にグレイドモンはまた視線をずらした。
何か興味があったのか?
などと思いながらも俺は言葉を続ける。
「だって、今こうして楽しく時間を過ごせるのもそいつのおかげだからな」
「両親いないのに楽しいの?」
「ものは考え方だろ」
ふぅん、とグレイドモンが少し考え込む。
俺も何でこの話を普通に話せるようになったんだろうな。
まぁ、それはいいや。
「けど、今が楽しいのもグレイドモンのおかげだよ、ありがとな」
そう言ったら照れくさくなって俺はそそくさと先を行ってしまった。
それを見送りながらグレイドモンは少し笑っていた。
台詞とられちゃったな、と少し微笑むと要を追いかけて走り出す。
「全く暢気なものだな」
「あ、デュークモンおはよう」
こちらはこちらで何やら集まっていた。
とはいえ、デュークモンは少し呆れたような顔つきであったが。
スレイプモンはスレイプモンで昨日の戦闘を気にしていたし。
アルフォースブイドラモンは普段通りのんびりだった。
「お主らは分かっているのか?」
「もうすぐデジタルワールドの命運を分ける戦いになるんでしょ?」
「我とてそのためにどちらにつくかは決めている」
どうやら真剣な話のようす。
そう、残す戦いは央の山を越えイグドラシルの待つ天界へ行くのみ。
まぁ、央の山を越えなくともロイヤルナイツならば専用のゲートがあるのだが。
「ロイヤルナイツの内1人は行方不明、2人は転生中。よって私達3人で残る7人の相手か……」
「あ、エグザモンもいるから4人で6人。その上あの馬鹿コンビはカナメ達が倒してるよ」
「つまり、我ら4人と4人。一対一か」
「ここはカナメとグレイドモンにイグドラシル任せちゃおうか」
よし、と会議は即座に終わった。
そして、終わるや否やアルフォースブイドラモンはまた眠っていた。
「む、そういえば、デュークモンよ」
「なんだ?」
「お前は何故カナメの側につく」
「……イグドラシルが変えようとしている今を守りたいだけさ」
何よりも要の迷いのなさに信頼もおけた。
それだけでデュークモンは十分だと感じていた。
どこかの阿呆と違ってな、などとどこに向けたかも分からない呟きも含めて。
そして、デュークモンは考え込んでいた。
昨晩の黒いアルフォースブイドラモンの事を。
なんとなく直感する。
この戦いの影にはまだ何かが潜んでいると。
「あぁ〜、全く何でこうまとまりがないかねぇ、ロイヤルナイツってぇのはよぉ……」
天界の一室では獣の被り物のようなものをつけた聖騎士が呟く。
しかし、荒々しいのは言葉だけのようで、頭と体は冷静なようだった。
それを示すように机の上には天界の全体図があり、そこには文字が書き込まれていた。
「迎撃の準備か? ドゥフトモン」
「あぁ、なんでぃ、オメガモン。辛気臭ぇ顔しやがってよぅ」
オメガモンと呼ばれたそのデジモンは溜息を吐きながら「どこが」と呟いた。
とはいえ、全体図を覗き込んでドゥフトモンの考えを読み取る。
そして少し驚くようにして見るとまた全体図に目を戻した。
「おい、ドゥフトモン」
「なんだ?」
「何故、お前がデュークモンとやるように仕込んでいる」
「お前がデュークモンと親しいからあれの相手出来るの俺しかいねぇだろうが」
そう言ってまた全体図に何かを書き込んでいく。
4対5という若干の数の不利に作戦も慎重なようだ。
それはオメガモンも理解しているだろうが、それでもと口を出す。
「奴の相手は私がする。それがせめてもの礼儀だろう」
「そう言って寝返られても困るねぇ」
「馬鹿な事を考えるな」
「だって、今のこの状況に悩んでるんだろう? オメガモンよぉ」
驚いたような様子でオメガモンはドゥフトモンを見ていた。
どうやら当たりらしいな、とドゥフトモンは判断すると、また全体図へと文字を書き込んでいた。
それを見ながらオメガモンは考え込むようにすると部屋を出て行った。
その様を見送りながらドゥフトモンは今まで書いていた文字を全て消して書き直す。
「まったく、冷酷になり切れない奴とお堅いのとガキとでどうやって守れってんだぃ」
自分もまだまだ甘いか、などと呟くとまた全体図を見ながら頭を働かせていた。
相手の情報は一人を除き揃っている。
とくれば、あとはそれをどう読みきるか。
たった一つの不安要素がドゥフトモンを深い思考の海へと……。
「あんまり悩んでないで少しは肩の力を抜いたらどうだ?」
「お前は抜きすぎなんだよ、このお子ちゃまが」
また客かよと、凄く不満そうな顔でドゥフトモンは振り返る。
そこにいたのは黄金の鎧に身を包んだ聖騎士。
「お子ちゃまとはひどい言い様じゃないか?」
「お前なんざお子ちゃまで十分なんだよ。立案はいいから布団でも被って寝てな」
「まぁ、そう言ってやるな。マグナ坊とて役に立とうと必死なのでござろう」
「頑固なお前もそこのお子ちゃまには甘いのな、クレニアムモンよぉ」
あぁ面倒くせぇ、とばかりに椅子の背もたれにもたれる。
椅子を後ろ脚だけでバランスを取ると、木馬のように前後に揺らした。
それだけやる気を失くすに十分な理由がこの二体にはあったのだろう。
「全く、お前らはよぉ、守るのにゃいいのに攻めるにゃぁ一歩足りねぇんだよ」
「某の防御が秀でているがために攻撃が目立たぬだけでござろう」
「僕だって防御だけが全てじゃない」
「んじゃぁ、お前らにオメガモンの破壊力が出せるってぇのか?」
オメガモンと比べるな、とばかりに二体が苛立った視線をドゥフトモンに向ける。
全くこういうとこばっか似てやがる、と溜息を吐くとまた椅子を木馬のように前後に揺らす。
その様子に二体はムッとした様子を見せながら歩み寄ってくる。
それを意に介さずドゥフトモンは相変わらずだった。
「……おい、ドゥフトモン」
「あぁ? 何だ? マグナ坊」
「これどうやって敵を分断するんだ?」
「……頭を使えよ。だからお前はがきだってんだよ」
半瞬呆れたような顔をするとまた椅子を木馬にし始めた。
クレニアムモンは考え込むように全体図を覗き込んでいる。
4対5、普通に考えれば誰かが2体同時に相手にするが、他は1対1が理想だろう。
何せロイヤルナイツは所属こそ同じだが、それぞれがそれぞれの正義を胸に戦う。
それはつまり、コンビネーションのなさを示しているからだ。
しかし、とクレニアムモンは口を開く。
「ドゥフトモンよ」
「あぁ?」
「某とマグナ坊はこれでもコンビネーションはとれるでござるよ」
「そいつぁ初耳だねぇ」
「暇つぶしに練習したからなぁ……」
最後の一言はスルーしながらもドゥフトモンは新たに作戦を立て直していた。
しかし、その様子を見ていた二人は先の発言を後悔する。
内容が2体で全てを相手取るという……。
「何でそうなるんだ!?」
「さすがにこれはきついでござるよ!?」
「へぃへぃ、冗談だってんだよ」
明らかに舌打ちしながらドゥフトモンは書き直していた。
そして、一通り書き終えると暫く考えるからと二体を部屋から追い出した。
それから暫くドゥフトモンの部屋からは物音一つなく静かに時が流れていた。
その部屋の前ではマグナモンとクレニアムモンが盛大に溜息を吐く。
オメガモンが通りがかりに何かあったか?と聞くが二体は答えなかった。
「なぁ、オメガモン」
「なんだ?」
「僕ってそんなに子どもっぽいか?」
「…………」
オメガモンは黙ったままマグナモンの頭を撫でるとその場を退散した。
それに続いてクレニアムモンもマグナモンの頭を撫でる。
マグナモンはその様子にはてなを浮かべるばかりだった。
「あぁ〜まだ寝てるのかアルフォースブイドラモン」
「そう言ってやるな。もう既に数百年と生きている体だ」
「デュークモン?! 何でここに……」
「そう構えるな。あの時は少しお主の心を試したかっただけだ」
んな面倒臭い……。
そう思ったが口にはせず、とりあえずその場は落ち着く事にした。
とりあえず、これは何か会議でもしてたのかな。
「何か話し合い?」
「これからの決戦について少し、な」
「どんな具合にするつもり?」
そう聞いて返ってきた返答は一対一で俺達にイグドラシルを任せるという事だけだった。
なんという簡潔な作戦……とは口にせず、少し考え込む。
果たしてそううまくいくものかな。
というか、この様子だと指揮官的なキャラはいないし。
まぁ、デュークモンなら、とも思ったけど話聞く限りだと別か……。
「ちなみに、ロイヤルナイツって作戦の指揮官とかっているのか?」
「だいたい個人で持っている部隊を動かすだけだが……」
「総指揮官は?」
「全体に大まかな指示を出すのはドゥフトモンだ」
あぁ、いるのかやっぱり。
と頷くと俺はやっぱり考え込む。
総指揮官がいるとなればやっぱり単純にはいかないだろうなぁ……。
と来ればやっぱり相手の思考がまともだと仮定しようか。
まず何を第一に優先するか……イグドラシルだよな、多分。
「本当に一対一でいけるのかな……」
「何か不安でもあるのか?」
「来ると分かってる相手に対して何も仕掛けないってのもないだろ」
こういうのは戦力を分断して戦うのが恐らく敵のする事だろう。
だが、その上で恐らく向こうが一体でこちらが二体以上というのは有り得るだろう。
しかし、逆はないと思われるが……。
話を聞く限りではこちらが一人多いという利がある。
その利を如何に生かすか……。
そして、向こうは如何にその利を殺すか……。
「ちなみに、向こうの戦力ってどんな感じだ?」
「防御に秀でたのが二体、攻撃において死角がないのが一体、バランス型が一体というところだ」
「……多分、アルフォースブイドラモンに防御強いのぶつけたがるかな」
「何故だ?」
「消耗が激しいから長期戦に持ち込みたいと思うだろ? スレイプモン」
あぁ、なるほどと同意を貰うと俺はまた考え込む。
バランス型ってのは多分ドゥフトモンだよな。
だって、指揮系統を操ってるのに攻撃重視じゃなぁ……。
となると、一番勝負の分からないものになるのは攻撃重視の一体か……。
相手としてはこの攻撃重視の奴を俺達にぶつけたがるだろうなぁ。
だって、攻撃に死角ないならこっちがどんなでも対応できるし。
と来るとドゥフトモンってのがスレイプモンとデュークモンを相手する予定になるのか。
「スレイプモンが一番やりたくないのってどいつ?」
「オメガモンだな。あの強さは次元が違う」
「遠近こなせるというのにいちいち威力が高いからな、奴は」
そのオメガモンってのが攻撃において死角がないって奴だな。
でも、それだけ強いならもしかしたら二体同時に相手にするかも?
少し混乱してくるな……。
まぁ、ドゥフトモンが俺の相手しても対応力あるかもしれないって事を忘れてたか……。
これはどう読もう……。
「しかし、奴の相手は私がするぞ……」
凄く迫力のある声でデュークモンが言う。
これは何かあるな、と思いながらも考える。
向こうもデュークモンとオメガモンの激突を望んだら……。
そう仮定すると恐らくはドゥフトモンが俺とスレイプモンを相手取るか。
後はその方法だな。
アルフォースブイドラモンとほぼずっと一緒に戦うというエグザモン。
これはアルフォースブイドラモンを誘い込めばエグザモンも来ると思えばいいのだろう。
だが、方法が想像つかないなぁ……。
「何か作戦でもあるのか?」
「いや、考え中」
というか情報少なすぎるからなぁ。
作戦立てるっていうのでは向こうが先手取れる分有利か。
こっちは後手に回るしかないんだもんな。
とにかく今は央の山とやらの方を気にするか。
天界での激突はその時に考えよう。
そのためにも全員で固まって行動するべきだな。
「カナメ、バイフーモンが準備出来たって」
「あぁ、分かった」
グレイドモンがそう告げて俺は少し思いなおした。
先を見るよりもこれから遂げる今の方が重要だと。
なんか俺もこの世界に馴染んだもんだな。
星堕ちる迄 第九話 終