僕は14年間扉の外を知らない
それ即ち僕の年齢

本当の母様、父様は知らない
けれど僕を閉じ込めている奴らではない
決して、そんな筈がない

僕は、人間の娘だ
閉じ込めている奴ら―鳥人―じゃない

けれど、奴らを少し羨ましくも思う

扉以外に唯一、外との繋がりを持つ窓
そこに見える空は美しい
日毎に姿を変え、鮮やかだ

奴らはそんな空を自由に飛び回る
単なる人に過ぎない僕はそれが羨ましい

と、その時扉を叩く音がした
慌てて布団の中に飛び込む
顔を合わせたくもなかった

「失礼します」
入ってきたのは若めの鳥人のようだった
どこか感情が籠もっていない冷たい声
それはいつもの世話係の声ではなかった

「本日正午を以て貴女様にお仕え致す」
左足を前に膝を折る黒装束の鳥人
そして、どこまでも冷静で……
  どこか距離を感じた

「主よ」
ハッとする
すぐ目の前に鳥人の顔があった
眼と眼が合う

綺麗な、蒼色の瞳だった
空と同じ蒼色

「主よ」
もう一度呼び掛けられた
心臓が早鐘の如く脈打つ
眼差しからその鳥人が真剣なのが分かる
けれど何に?

「主が望むなら、私は総てを断ち切る剣となりましょう」
…………。?……。

「主が望むなら、私は命を懸けて主の盾ともなりましょう」
やはり、分からない
馬鹿じゃないのか……

「そして、主が望むのなら、私は主に自由を与える翼ともなりましょう」
深々とした御辞儀
何だ、コイツは……
こんな鳥人は見たことがなかった



「クロウ、コレは何だ?」
クロウ、それはあの日現れた鳥人の名
今そのクロウと初めて庭を散歩している

「それはローダンセという花です」
「花か……。綺麗なんだな」
「花言葉は変わらぬ思い、春の花です」
変わらぬ思い。
クロウは、あの時の事、覚えてるかな

「主、そろそろ部屋に戻る時間です」
などと思っていた所に声がかかる
またあの暗い部屋に逆戻り
許された時間は永くはない

クロウは、やはり鳥人なのだ
鳥人だから、鳥人の味方
それが凄く切なく感じる

「主、また明日があります」
跪いて言う台詞も毎日聞くようになる
「うん」
いったい、いつまで聞く事になるだろう
部屋へ向かいながら虚しくなる


部屋はいつも通りに狭く感じた
実際、狭くはあるのだが……
それでも、と扉を閉める鳥人を見る

「では、失礼致します」
扉の閉まる刹那までその鳥人を見ていた
扉の閉まる刹那には至極胸が痛かった

クロウは、いつも何をしているのだろう



それからも庭を散歩する日々は続いた
そんな日の秋

髪を切る事をあまりせず、大分伸びた
クロウは、こんな私をどう見るかな

「主、髪はお切りなさらないのですか」
「クロウは髪が長いの嫌い?」
「いえ、そのような訳では」
頭を深々と下げ、まるで詫びるよう
しかし、感情は相変わらず読めなかった

「貴女は最近変わられましたね」
「クロウから私はどう見えるの?」
「以前より、女性らしさがおありです」
そう言われて顔が熱を持つのが分かる
何だろう、私……

「ちょっとあそこに腰掛けよ?」
「畏まりました」
紅葉する木の下に腰掛ける
見上げれば空の蒼が紅葉の紅に融ける
それが、あまりにも綺麗で見とれた
見とれる内に少し眠くなってきた


「後で、起こし…て……」
クロウの方に寄りかかりながら寝ていた
ふわりと何かが体を包んでくれた
とても柔らかくて温かいもの
何だろう……

意識が夢の中に落ちていく



起きた頃には既に日が沈んでいた
……隣に鳥人の寝顔がある

いつも見ているクロウとは違う表情
心臓が、ある日のように脈打った
 
「起きられていましたか」
声に驚いて飛び上がる
きっと、クロウからは大袈裟に見える
と思うと同時に羽が一枚舞う

「すみません、私も寝てしまいました」
謝るクロウを気に留めず考えていた
あの時包んでいたのは、クロウの翼
今までにない経験に謎の感情が起きる

「では、部屋へ戻りましょう」
「え、あ、……うん」
反応が遅れた
考えるのは、後にしよう
そう思ってまた部屋への道を行く

相変わらず扉の閉まる刹那は同じだった
変わらずに時だけが流れるのだろうか



また、春が来た
しかし、いつもの時間にクロウが来ない
何だろう、胸が苦しくなる
堪らなく不安だった


その日、初めて自分で扉を開けた
鳥人を見たくない一心で閉ざしてた扉を



廊下を歩きながらクロウを捜した
ずっとクロウの事ばかり考えていた

「………。」
どこかの部屋から声が聞こえる
興味本位で扉の隙間から覗き込んだ

「クロウ様の演技には感動しますよ」
「…………」
クロウが執事風の鳥人と話してる
それよりも“演技”って何の事だろう
息を潜めて全身を耳にした

「人が持つという宝を奪えそうですな」
「…………」
嬉々として語る執事に黙するクロウ
人が持つ宝を奪う? 演技?
人って私で、奪うための演技……?
私の知ってるクロウは全て、 嘘?


その部屋を離れとぼとぼと部屋へ戻る
廊下が行きよりも長く感じた

部屋についてからはついたで何もしない
ただぼんやりと空を眺めていただけ

髪、切ってしまおうか
そう思い立ってもみるが実行しなかった

そうする内にノックする音が聞こえた
けれどそれに応じることもなく
ただただぼんやりとしていた

「入りますよ」
扉が開かれる
そこにいるのはいつものクロウで
先程の会話を嘘だと思いたくもなり
そして、会話は真実だと理性が告げる

「主?」
「…………」
けれど何だろう、胸にこみ上げる思いは
けれど何だろう、頬を伝う温もりは
けれど何だろう……この思い出は
 
「…………」
「…………」
互いに沈黙するこの時間
ゆっくりとじらしながら過ぎていく

そうする内、体を羽が包んでいた

「涙など流して、何かおありですか?」
心配そうな声で心配そうな表情
とても演技だとは思いたくなかった
とても演技だとは解りたくなかった
とても演技だとは……

「一人にして……」
「は?」
「独りに、させて……」
半瞬空けて立ち上がるクロウ
静かに扉へと歩んでいく
その歩が扉の前で止まる

「それでも私は貴女の傍に居たいです」
扉が音を立てて開かれる
そしてクロウが一歩外に出た
「失礼します」
扉が閉まる

全て演技、全て演技なんだ
信じてはいけない
信じたら……

それでも、いつもの思いが湧き起こる
嘘だと思っていても、嘘だと思えない

いったい私は何がしたいの?
いったい私の何が真実なの?
いったい私が何を欲するの?

『クロウ』

「分からないよ……」
考えれば考えるほどクロウの顔が浮かぶ
殆ど無表情だけど……
それでも、色んな顔があった


私は何を考えているのだろう
つまる所、私は騙されていたのだ

それなのに、何だかこの胸は
 
 【クロウを必要としているみたい】

有り得ない
そんな事あるわけがない
これじゃあ私が、クロウを――


違う
私は人でクロウは鳥人……
この差は何があっても埋まらない

窓の外にはいつも空があるように
私とクロウの間にいつもある壁
人が空を飛べないように壊せない物

そう、窓を覗けばある空
そこに私は――
「クロウ…?」

窓の外―空―にクロウがいた
暗くて分かりにくいが確かにクロウだ

いったい、何をしているんだろう
何となく、また扉を開けた
扉を開けて庭を目指した

何となく、ただ何となく
理由など考えていなかった


「…………」
庭についても私は黙って見上げるだけ
それなのに彼は私に気がついた
 
「…………」
けれど向こうも黙っていた
顔は見えないが沈んでいるのが分かる

「私は……」
こちらから切り出す
この際、はっきりさせてしまおう
そう、思って

「もう、演技だって知ってる」
口に出せばまた悲しいもので
初めよりもずっと苦しかった
いっそ死んでしまいたいぐらいに

「……。そう、でしたか」
何か言いかけて、そう言われた
否定は、しない  してくれない
余計に胸を締め付けられた

「けれど」
「来ないで!」
近づくクロウを私は拒絶した
クロウの言葉を拒絶していた

「今の私に嘘はありません」
その台詞で、何かが切れた
これ以上、その何かを耐えるのは――
出来なかった
「演技なんてもうやめて……」

 ――「私の前から、消えてよ!」――

果たしてどこから出たのか分からない
けれど口を離れた言葉は元には戻らない
それだけは確かで……
かつてない後悔があったのも確かだった

そして――
「貴様ァァア!」
ずっと監視されていたらしい
鳥人の執事を怒らせるには十分過ぎた

時間が静かに感じる
その時間の中で私は死を受け入れた

目を閉じ、両手を開いて執事の剣を待つ

風が頬を撫でた

これで、何もかも全てが終わる
そう理解した時、浮かぶのは……

 クロウの顔ばかりだった

   「さよなら」
 
 
 
 
いつまでも来ない痛覚
代わりに響く、剣が落ちる音

目を開けて、見開いた
 
「何…で……」
「何故、何故…娘など庇うのです!?」
血を流しながら立つクロウの姿があった
私は言葉を失った

何で、何で、何で、何で、何で、何で
分からない、分からない、分からない

私は、どうやら、恋をしたらしい」
頭が、白くなる
この状況でなお、嘘を貫くの?

「戯言を…!」
「嘘なんでしょ、それも」
「戯言でも、嘘でもないさ」
笑った 微笑んだ
いつも感情を表に出さないクロウが……

目から、何かが溢れ出した

「医者をお呼びします暫しお待ちを」
執事は、クロウが狂ったと思ったか……
それとも、傷の深いのを心配したか
 
「クロウ……」
「私は命を懸けて盾となっただけ」
!……
それは、初めて会った時の……
 
「クロウ……死なないで……」
「泣かないでください。ほら、周りに」
ローダンセの花……花言葉は……
 
「変わらぬ思い。私の思いも……」
「私も、いつまでもクロウを」
羽が私の体を包み込む
血が、嫌な音と共に肌に染み込む
 
「少し、疲れました」
「ダメ、死ぬなんて、私は望まない!」
「私は、本当に貴女の事を愛してます」
「私も、クロウの事が好き。だから…」
クロウの体がこちらに倒れ込む
けれど、クロウの体を支える力はなく
 
「私は貴女に会えて幸せでした」
「そんな、最期みたいに……」
言わないで
そう言おうとした瞬間思い出すあの言葉
 
    【私の前から消えて】
 
あんな事言ったから
「ごめんなさい……だから……」
「すみませんが、少し、寝ま…す……」
クロウの体から力が抜けるのが分かった
肌で感じてしまった
 
 
空に叫びが木霊する
 
 
 
   【そこに壁は、ありますか?】
 
 
 完

──アトガキ
こういった恋話系は初めてで、書いててずっと赤面してました。
が、友達にどれだけ恋話が苦手かを力説するためあえて書きました。
それでも頑張って全力を尽くして書いてますよ。

ちなみに、ローダンセの花言葉ですが、実際のものを調べております。
が、調べてる最中、花言葉が一つの花につき一つでない事を知りました。
なので、正直な所、自信を持って言える事でないんですが、多分正しいです。

と、いうわけでアトガキもそろそろ失礼します。


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