時の流れは場合によって変わる
嫌な時ほど永く感じてしまうものだ
第三話─敵影─
金曜日。
卒業式翌日で2年生以下は片づけをして午前中に帰る。
ここ、十夜中学校はそんな予定になっている。
そして、狼牙と一樹はそんな十夜中の体育館で片づけをしていた。
「やっほ、狼牙」
「おはようございます。一樹」
「昨日な、新情報仕入れてきた。実は神代高校の満点合格者って隣の市の三寸中学かららしい」
「あそこって、そんなに良い噂聞きませんけどね」
「しかも、成績表もオール5らしいぞ?」
感服。それ以外に表せる言葉が見つからない。
恐ろしい才能の持ち主か、真面目な努力家か。
どちらにせよ凄い。
「成績表は一樹も同じでしょう」
「俺、音楽だけは4なんだぞ?」
「サボるから成績下げられているだけでしょう?」
「だって、先生の話長いんだもん」
「そんなこと言ってる間に後ろに来てますよ?」
慌てて振り向く一樹。
しかし、そこには誰もいない。
一瞬遅れて狼牙の方へ視線をやる。
「お前、真顔で嘘言うの止めろよな。今焦っただろ」
「ばれたらつまらないじゃないですか」
「お前……」
黒い。
一樹の頭の中ではその言葉が浮かんでいる。
とはいえ、いつもの事なのだろう。
「それよりも、早く片付けしないと、無駄に作業時間延びますよ?」
「それもそうだな」
話し込むのを止めて真面目に作業に取り掛かる二人。
他の生徒たちはのんびりとしたペースで仕事をしている。
「おい、白銀と天野、この植木鉢三階に運んどいてくれ」
「はい。行きましょう、一樹」
「はいよ」
先生の指示で二人で揃って背の低い植物付の植木鉢を三階へ運ぶ。
これが思いのほか重いものである。
一方、校舎内の小さな装飾品を外す作業を主に行っている。
その中に蒼香は加わっている。
「静流、作業終わったんならクラス戻ればいいじゃない」
「…………」
「(扱いにくいわねぇ……)」
人と話すことが極端に苦手な為に友達いないのではないかと心配する。
ギルモンはやたらにからもうとするのだが……
どうにかならないかとは常々思っていても解決策がない。
そもそも、原因すら分からないのだから。
「何か言わないと相手に伝わらないわよ」
「…………」
相変わらずやりにくい空気が漂う。
とはいえ、作業はすぐに終わった。
元々作業はそう多くはない。
片付けるだけで、大仕事は全て男子が担当だ。
特に先ほどは植物が植えられたままの植木鉢を三階に運ぶ男子の姿もあった。
そもそも、そんなものを卒業式の場に必要とするのかどうか疑問だが。
「龍河さん、悪いけど二人でこの箱、職員室に持って行ってもらえる?」
「はい。行くわよ、静流」
「…………」
先生の指示で二人は職員室へ。
箱の中身は飾りなので重くはない。
と、移動してる最中で植木鉢を運んでいた二人とすれ違う。
腕を小さく回してる辺り、やはり重かったのだろう。
どちらも気にすることもなく行き過ぎていく。
そして、双方、用事が済んだ頃にはもう片付けは終わっていた。
残りはホームルームの時間のみ。
それも、ものの五分で終わり、すぐに下校となった。
「なぁ、狼牙、今日これから暇?」
「まぁ、予定はありませんね」
「なら、隣町行かない?」
「嫌です。一人で行ってください」
「そんな笑顔で断らなくても」
「嫌です」
「無表情も止めて」
下駄箱ではそんな会話が成されていた。
そのすぐ横で龍河姉妹が立っているのだが。
「静流、どうかしたの?」
「…………」
妙な会話をしている方に視線をやっている静流。
何か興味を引く内容でもあったのだろうか。
「(変に耳良いからねぇ、この子……)帰るわよ、静流」
「…………」
それと時同じくして狼牙と一樹も帰路へ。
それも、偶然にも同じ方向。
それなのに全く気にすることがない。
簡単な話、興味がないのだろう。
「なぁ、狼牙ぁ、人探すんだからちょっと手伝ってくれよぉ」
「いつからそんな口調になったんですか。一樹君」
「君付けって……距離置くなよ。頼むからさ」
「そこまでして会いたい方なんですか?」
「…………」
答えを渋る一樹。
何か迷っている様子。
しかし、狼牙は好奇心だけじゃだめかと心配してるだけだと予想している。
そして、そう大きくは外れていないだろうとも思っている。
「ダメですよ。好奇心だけでは」
「いや、違う!」
強く否定されて驚く狼牙。
これは真面目に違ったのだろうか……。
そして、少々の間をおいて放たれた言葉は……
「い、行きたい、から…?」
「疑問系な上に何ですかその理由は……」
「だってよ……」
「はいはい、分かりましたよ。一緒に行ってあげますよ」
但し、貸しですよと付け足して思い切りため息を吐く狼牙。
断るのに飽き気が差したともいえる。
そんな会話の一部始終を静流は聞いていた。
いや、正確には聞こえていたというべきか。
「…………」
扉の前で少し止まりながら、静流は蒼香に続いて家の中に入っていった。
果たして何を思っていたのだろうか。
そんな頃、隣の市の森の中にあるとある一軒家。
単純な言い方をするなら不知火家。
鳥光の家だ。
「ブイモン、危ないから俺がやるよ」
「い、いや、しかし……」
「いいから」
目一杯に涙を溜めるブイモンから包丁を取り上げる。
そして、目の前にあるまな板に乗っているのは玉葱。
玉葱を切って目に沁みていただけのようだ。
恐らく、ブイモンが家事の手伝いでも申し出たのだろう。
そして、鳥光は見事に玉葱を切っていく。
沁みるのは全く気にしていないようだ。
「ブイモンも慣れてからね」
「う、うむ……」
そして、見事な手つきで調理を済ませ早くも煮込む段階へ。
ちなみに作っているものはビーフシチュー。
出来上がってからは鍋に蓋をし、手を洗ってから外に出かけていった。
残されたのはブイモンとブイモンの分のシチューのみである。
「それじゃ俺出かけるからシチュー、自分の分食べといてね」
「心得た。その後は部屋で黙っておれば良いのだったな」
「悪いけどね。うん、今日は先生が来るから」
「心得た。案ずることはないぞ」
「それじゃ、行ってくるね」
そう言って鳥光は家を出た。
目的地は近くのバス停と言っていた。
知り合いを迎えに行くとかなんとか。
ブイモンは、とりあえず言われたとおりの行動をした。
一方で目的地へ向けて歩く鳥光はなんとなく面白くなかった。
それは、目的がどうのではなく、単なる予感。
「ヤッホー、鳥光」
前方から駆けてくる影。
名前を呼んでくる所を見ると客人とは彼のようだ。
「燦護久しぶり。で、何その大荷物?」
「いやぁ、昨日家の中で思いっきり竹刀振っちゃってさぁ」
「追い出された? だから、練習だけじゃなくて泊めて欲しいと?」
「さっすが理解が早い。な、頼むよ。半分お前のせいだしさ」
悪い予感はこれか……
断って帰ってくれるような相手ではない。
むしろ、無理矢理にでも泊り込むタイプ。
「よし、なら、俺が今日勝ったら泊まらせて」
「負けたらどうするの?」
「ないない、有り得ないって、な」
どこから来るのか強気の根拠。
それというのも燦護が強いからだろう。
実力の面で。
鳥光はため息を吐きながら家の道場に向かっていく。
それに対し燦護は意気揚々と歩いていく。
荷物は重いだろうに、全く重そうではない。
「ところで、審判はどうするの?」
「やりながら判断すれば良くね?」
「……仕方ないか。ちょっと道場で待っててくれる?」
「誰かいるのか?」
「うん、まぁ、でも、他の人には秘密ね」
というわけで連れてこられたブイモン。
ルールは一通り分かるらしいが、問題は燦護だ。
「もしかして、渋ってた理由ってブイモン?」
「あんまり人に知られたくないからね」
「居候位気にしねぇよ」
どうやら問題なし。
細かい事を気にしない性格のようだ。
とにかく、胴着に着替え防具を付ける。
軽く素振りをしているが、二人とも真剣そのもの。
軽くのはずなのに、凄まじい気迫。
そして、試合は開始された。
「開始!」
「「面──!」」
開始早々面を打ち合い鍔迫り合い。
互いに全く引く気はない。
先に動いたのは鳥光。
引き面で攻めかかる。
それを直感で判断したか燦護はそれを受け止め返し胴。
更にそれを打ち落とす鳥光。
互いに少し引いて再び一足一刀の間合いに。
ここでは中央の取り合い。
前後に少し動きながら相手を牽制する。
再び激しく打ち合う。
竹刀の音が道場中に響き渡り、また一足一刀の間合いへ。
今度は牽制も何もなしに燦護が面を打ちにかかる。
それを返し胴で反撃に転じ、それを燦護は打ち落とす。
という瞬間、鳥光は手首を軸に竹刀を上に上げ───
「面──!!」
たった一瞬の出来事。
「面有り!」
ブイモンの声が聞こえて二人は最初の位置に戻る。
「二本目!」
今回は三本勝負。
先に二本先取で勝ちだ。
その二本目が始まった。
「面──!!」
今度は先に燦護が動いた。
それを鳥光が受け止め再び鍔迫り合いに。
しかし、今度はどちらも何もせず、互いに竹刀の先を互いの肩にやり下がる。
そして、一足一刀の間合いより離れた瞬間に鳥光が動く。
「面──!」
それに対応して燦護は返し胴。
それを打ち落とし少し引いてすぐ攻める。
「籠手──!!!」
燦護は咄嗟に片手を竹刀から離して引いた。
そこへ更に畳み掛けるように鳥光は動く。
「胴──!!!!」
胴と竹刀がぶつかり道場に高い音が響く。
「勝負有り!」
「「ありがとうございました」」
互いに礼を済ませ、防具を外す。
二人ともすぐに竹刀の点検を始めた。
そうしてから近づいて話し込み始めた。
「こんなに強いんなら何で大会来ないんだよ」
「中学校部活ないし、燦護も強いじゃん」
「あ、んじゃ神代いったらお前も大会出るのか?」
「さぁ? でも、燦護がいれば全国いけるでしょ」
「個人ならいけるかもしれないけど、団体は分からないだろ」
「中学の部、全国三年連続優勝してるんだから大丈夫でしょ」
「いや、お前出てねぇし」
会話からすると鳥光と燦護は神代高校の受験に受かっているらしい。
神代高校は受験者数が多く、合格率は毎年低いらしく入るのは難しい。
そこに入れるのだから恐らく二人とも成績が良いのだと思う。
「けど、直輝さんがお前の親だとは驚きだなぁ」
「殆ど家に帰ってこないけどね」
「そりゃ、直輝さん有名だもん。僕の前に現れた時は驚いたし」
「俺の方はむしろ、燦護を連れてきた事の方が驚いたよ」
楽しそうに談笑する二人。
入る隙間がないブイモンは先ほどの試合を思い出していた。
ハッキリ言って目で追うのが限界だった。
二人とも相当強い。
しかし、鳥光の方が強いのはハッキリと見て取れた。
「あ、ところで今日って」
「もういいよ。泊まっていけば? 断る理由なくなったし」
「おう、鳥光いい奴」
とりあえず、着替えなおして家の方に移る。
シチューは当然の如く冷めていた。
鳥光が温め直している間、燦護はブイモンと談笑していた。
初対面の相手でも何の遠慮もなく話している。
ブイモンの方といえば、相変わらずの口調で話していた。
「ブイモンは剣道できるの?」
「背が足りぬ故無理であろう」
「そっか、でも、成長期なんだから身長ぐらい伸びるって」
「う、うむ、そうか……」
デジモンの事については聞いたようだが、意味を取り違えているような……
しかし、そんなの気にしない。
それにしても、割と騒がしいのに全く興味を示さない鳥光。
それほど集中しているのか、興味がないのか。
「温め終わったよ。それと、ブイモンももう一杯食べる?」
「いや、私はいらぬ。少しやりたい事もある」
「そ、俺の部屋使ってていいよ」
そういうとブイモンは一つ礼をして鳥光の部屋へ。
燦護は何がなんだかよく分かっていないが、シチューを食べるのに必死だった。
「おかわり!」
「はいはい」
かなりハイペース。
食べる事以外の何も考えていないようだった。
その様子を見ながら鳥光はそれでも普通なペースで食べ続けた。
なんとなく呆れているようにも感じたが。
「おかわり!」
「もうないよ、残念でした」
鳥光が食べ終わる頃、燦護は既に食べ尽くしていた。
食べた量、実に五杯。
普段は大食いではないと言うが、どうも信じがたかった。
そんな頃、狼牙と一樹はこの市に到着していた。
今のところ三寸中学校付近で行動している。
基本的に一樹が人に聞き込みをして回るだけだが。
「なにか分かりました?」
「神代の合格者って言ってもあんまり良さそうな印象ないみたい」
「と、いいますと?」
「妙な発言多い上に記憶力も良くて髪染めてるとか。あと、何か強いらしい」
二人の中には不思議キャラ+秀才+不良という謎の構成で、変なキャラが出来上がった。
ロウソク片手に厚い眼鏡を掛けてリーゼントな髪の金色の学ランの男。
想像を当てにしないことにした。
ということで、近くで聞き込みを始めることにした。
集まってくる情報はあまりない。
毎朝走ってる少年だとか、店で食料買っていくだとかそんな程度。
一樹も聞き込みを次で諦めるか、と思っていた。
「あのすみませんが、この辺りで人を探してるんですが、こんな人知りませんか?」
そういって、老人に今まで調べた人物の情報の書かれた紙を見せる一樹。
老人は少し考えるように眉間にしわを寄せていた。
「ところで、お前さん。何をそんなに必死になる」
「あ、いや、別に……」
「好奇心で近づくのはやめておきなされ、迷惑がられるじゃろうて」
そういって歩き去ろうとする老人。
無論、ついていこうとする一樹。
「何しようとしてるんですか、一樹君?」
「もち、情報しゅうしゅ
台詞の途中で鉄拳が飛んだ。
無論、狼牙の拳だ。
頭を押さえてしゃがみ込む様子からしてかなり痛いのだろう。
一樹は狼牙を連れて来たのを後悔した。
「迷惑がられると仰った方を追いかけてどうするんですか、一樹さん?」
「あ、いや、そのそれは……え〜と、だから、あの〜……」
一分後、口篭った挙句土下座している一樹の姿がそこにあった。
幸いにして人目はない。
先ほどの老人以外は……
それも、物陰から気配一つなく……
なのに、一樹は一瞬、その方向を見た。
が、しかし姿を見とめる前に方を叩かれた。
「で、一樹君? いい加減に諦めますか?」
敢えて疑問文にされているが狼牙の目は問いかけの形ではない、と一樹は見て取った。
そう、狼牙の目は問いかけを投げかけているのではない、命令を投げ下ろしていた。
従うほかの選択肢はない。
狼牙は友人に対しては案外手厳しい。
それも認めているからこそなのだが……
「とりあえず、今日は……アレなんか書き足されてる」
「運が悪い……って、そのままの意味で取っていいんですかね?」
いつの間に……
さきほどの老人か?
ペンを出しているのか分からなかったが。
「でも、あの御爺さん、どっかで見た気がすんなぁ……」
「知り合いですか?」
「いや、どっちかっていうと有名人かもな」
「そうですか? 私は全く分かりませんでしたが」
などと話す二人を一瞥し、老人は二人から離れるように歩いていく。
年は結構いっていそうだが、しかし足腰はしっかりしている。
というより、しっかりしすぎている。
サインペンでペン回しをするなど普通の老人ではない。
「後ろの子だけなら会わせても良かったかのぅ……。しかし、勘の良い少年じゃ」
老人は鳥光の家に向かっていた。
そう、この老人が鳥光の親。
名は直輝。
鳥光の保護者である。
「ただいま、鳥光」
と、入ったと同時にブイモンと鉢合わせ。
互いに動きが止まる。
ブイモンの心臓が素早く脈打つ。
額に滴る汗は通常を遥かに凌いでいる。
「やぁ、こんにちは。鳥光、いるんじゃろ? 燦護君もよく来てくれたのぅ」
軽くスルー。
ブイモンは一人取り残されていた。
「……人間は私の予想を超えている」
その後、何事もなくブイモンの自己紹介が行われたという。
「今日帰ってくる予定あったっけ?」
「たまたま仕事が早く終わったんでのぅ」
同市同日午後6時
「さて、そろそろ行くか」
「散々人を付き合わせておいて……」
呆れ果ててため息を吐いた。
日は大分沈んできたが、どうせ直接塾に行く予定なので関係はない。
二人は電車に乗り込んだ。
「奴らなのか?」
「いや、あの二人ではないですねぇ。それに、彼はまだ殺す予定じゃぁない」
「全く、嫌になるねぇ、あの方の完璧なまでに汲み上げられた作戦は」
「作戦じゃぁありませんよぉ。あの方は運命を読み上げておられるのだからねぇ」
不気味に笑う二つの影。
台詞を聞く限り、敵。
果たして狙いはなんなのか……
それは、六時間後に起きる。
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